(旧)研究メモ

kennkyuumemo

息を止めてお金を稼ぐ

今年でシアトル滞在がまる2年経って、そういえば日本にもそれと同じだけ帰ってないんだけど、変わりなく過ごしてます。 この間友人とやりとりをしていて、「アメリカで働くのって息を止めて貯金するイメージ」と言われたのがけっこう個人的に刺さってて、ちょっと息を止めるっていうことに関して書き出してみようと思った。

おそらく一般的に異国で生活している外国人は(さらに言うと馴染み親しんだ土地から離れて暮らしている人は)、毎日でないにしても、それなりの息苦しさを感じて暮らしているものと思うけど、アメリカにおいてのそれは比較的「息を止める」くらいのニュアンスかもしれない。陸路の国境が開いてから、カナダのバンクーバーに車を運転して行ってみたのだけど、ひと息つけたと感じたので。カナダ(バンクーバー)とアメリカ(シアトル)を比較すると、カナダのほうが息苦しくはないようですね。

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アメリカからカナダに車で入る。シアトルからバンクーバーはたった2時間半。基本的に飛行機で行くより陸路のほうが審査がゆるい。高速道路の料金所のイメージで、車に乗ったまま短いやりとりをする。

基本的にこんなものは複合的な話なのだけど、理由付けをがんばってしてみようとするといくつか思い浮かんでくる。なによりもとりあえずアメリカは銃で撃たれて死ぬ可能性があるということ。あんまり以前出張で来ているくらいの時期には治安というものに対しての意識が薄かったのだけど、シアトルに越してきてから遭遇したダウンタウンマクドナルドでのマス・シューティング(複数の死者や被害者が出た銃撃事件)はやっぱり心情に与えた影響が大きかった。通りに面した窓際の電子パネルで注文していたら、その窓のちょうど向こう側でギャングが喧嘩を始めてお互いに銃を撃ち出したので、なかなかの際どい状況だったといまになっても思い出します。当時帰宅時間に差し掛かった頃で、バス停の近くだったからバスを待っている人もたくさんいて、たしか2人同じ会社の社員も流れ弾でケガをした。マクドナルドの店内側も流れ弾で窓が割れたり、全員で床に伏せたり叫んでいる人がいてカオスな状況だったけど、店の外のほうがやっぱり状況は悪くて、銃声が止んで逃げるために店の外に出たときに1人ドアの前に老人が仰向けに倒れていて、死んでるんだなってのがなんとなくすぐわかった。発砲が始まってから逃げ出すまでにたぶん2分も経ってないと思うけど、すぐにマシンガンを構えた警察が飛んできたのを店の外に見たときに、「こういう時すぐに警察って来るんだな」とか床に伏せながら考えていた。あと、そういう場所にいるしょぼいギャングが持っているような銃の銃声は、よくイメージするような銃の発砲音というよりは、プチプチを潰したときのような軽い「パン」という音がします。

こういうのは後から考えると自らの行動の軽薄さというか、アメリカの治安を舐めてたっていう話で、この事件が起こったマクドナルドがある場所はけっこう普段から治安が悪くて近寄らないほうがいいような場所だといろんな人から言われた。ただ治安含め街の状況はダイナミックに変化していて、その場所でそれくらいの規模の銃撃事件が起こるのは始めてとのことだった。この出来事はとにかく外を出歩くときの自分の意識を大きく変えたし、心のどこかに常にあって、少しずつなにかが蓄積されていっていて、息苦しく感じているような気がしている。(単純に外歩いてる時に微妙に力入れて歩いてたら息苦しいっていうのもあるかも。)どういう状況であれ、次に銃撃事件に出くわしたら日本に帰国するというのは決めている。バンクーバーでいくらかホッとしたのも、外でとりあえず銃で撃たれる危険性が少ないという事実がなんとなく意識にあったんだと思う。あと日本人めっちゃ見かけたし。

ホームレス。渋谷の高架下とかにもいたけど、アメリカのホームレスはとてもアグレッシブです。よく話しかけてくるし、話しかけてこなくても、なんらかの要求を書いた段ボールのプレートを掲げて立っている。これによって街を歩いているときに窮屈だと感じる。ただでさえ、渋谷で姿を見るだけでも居心地が悪くなるところ、さらにアメリカではこちらに向けて意思表示をしてきている。それに反応しないように、目を合わせないようにとか、なるべく近寄らないようにとか考えて街を歩く。これって窮屈ですよね。シアトルのホームレスは基本的にドラッグをやられているから、注射器を腕に刺していたり、ずっと叫びながら歩いていたり変な人が多いんだけど、COVID-19による影響はここに、以前普通だったんだろうなという人たちを足した。ホームレスのテント同士で普通に話していたり、日々の活動をしているような人たちに対して、いつもの(というのも変だけど)ホームレスに対するものとは別の感情を持ったりもして、なんというか、無視するのがいたたまれないような気持ちになったりもする。人と人は相互にやりとりをして分かり合うと満たされる感情があって、それが一方通行だったり理解できなかったりすると不安に感じるようになっている。クリスマスの日、横断歩道でホームレスとすれ違ったときに、「メリークリスマス」と言われ、「メリークリスマス」と返したとき、そう思いました。

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近所のホームレスキャンプ。この週シアトルは珍しく雪が降って、街からホームレスたちが消えていた。シェルターにでもいっていたんだろうか。

ホームレス問題とともに育って生きてきたアメリカ人たちは慣れている人も多いというか、そういった気まずい気持ちを避けるためにホームレスに車の窓から物を差し出したり、ある人はホームレスを人間ととらえず「現象」と見ていたりする。ホームレスの存在そのものになにかを感じるような人たちもいて、そういう人はダウンタウンから引っ越したりして自分の気持ちに対処している。シアトルは特にホームレスが多い街なので、他州から引っ越してきてダウンタウンに住んだけど、やっぱり郊外に引っ越そうかな、と話す同僚は少なからずいる。シアトルは家賃が上がり続けて、ついにうちも来年から月200ドルの値上げが行われるようだ。これに対して、「じゃあもっと安いところに引っ越そうかな」と思うわけだけど、この延長線上には、その「もっと安いところ」が存在しないような人たちがいて、ホームレスになっちゃうんだな、とか思った。 治安要素は他にもいろいろ細かい話があるけど、また今度。

その他にも、働いているときなんかに、個人主義ってのがしんどく思う人もいるかもしれない。特に日本人は協調性が高い(ように教育されている)人種なので。この点は実はけっこう快適に感じていて、むしろ自分より周りの方が人を助けるのが上手というか、助け合いながら働いている気がしている。自分は勝手にやること進めて帰る(オフラインになる)タイプなので、そういうスタンスが受け入れられるのはとてもありがたいです。蛇足だけど、Amazonの社訓*1の一つにオーナーシップというものがあって、ここには

They act on behalf of the entire company, beyond just their own team. They never say “that’s not my job."

というふうにあるけど、逆に「それ自分の仕事じゃないです」って言い続けるのは、アメリカの会社で平和に働く大事なコツです。(あと知ってることでも知らんふりするスキルも。) 中国人のよく働く同僚がいるんだけれど、彼は責任感が強いタイプで、技術職であるのにたくさんの非技術者から話しかけられるようなポジションにいるから、日中に人の相手をして、実際の自分の作業はその後夕方から始めて夜遅くまで働くような生活になってしまっている。それはかつて自分も経験してワークしないことを知っているので、いまは自分の評価(もとい給料)に大きく関わるような業務以外基本的に無視するようなスタンスをとっている(もちろんすぐ答えられるような質問は返すけど)。往々にして、そういうランダムな、日々を忙しくする仕事は、評判は上がるかもしれないけど評価(もとい給料)に大きな影響は与えない。また、頼まれる仕事を責任感からぜえぜえ言いながら全部こなして「しんどいです」と訴えても、仕事はすべてこなされているから、問題となりにくい。いっそ一日n時間(8以下の任意の自然数)しか働かないと決めて、実際に仕事がいくらか溢れるような状況を作り出すと、偉い人たちは「ああ困ったな。人を足そうか」という話になる。仕事では、こういう、しょうもないノウハウばかりがたまっていっています。

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息苦しさは感じつつ、アメリカに住むアドバンテージをなるべく享受するようにして(息継ぎして)バランスをとっている。いつまでこれを続けるのかわからないけれど、まあ、撃たれて死ぬ可能性があるっていう要素は、お金が稼げるとかそういう全てのアドバンテージを帳消しにするので、生きている間のどこかでは、ジメジメしてるけど世界一安全な日本に帰るんだろうなとかはどこかで思っています。 それにしてもバンクーバー、よかったな…